音楽家、俳優、文筆家として多彩な才能を発揮する星野源さん。彼の活動を語る上で避けて通れないのが、過去に経験した大病です。
星野源さんの病気は脳梗塞だったのでは、と疑問に思う方もいるかもしれませんが、実際に彼が闘ったのはくも膜下出血という深刻な病でした。
彼が一体何歳でこの病気を発症し、その原因はなぜだったのでしょうか。
突然の症状や前兆の有無、そしてくも膜下出血の1回目だけでなく、2回目はいつ行われたのかという疑問も多く聞かれます。
この記事では、壮絶な手術や入院期間、過酷なリハビリ、そして再発の可能性について、さらには闘病経験が彼の作る曲にどのような影響を与えたのかを、時系列に沿って詳しく解説していきます。
結論!星野源さんのくも膜下出血
項目 | 概要 |
病名 | くも膜下出血 ※脳の血管が詰まる「脳梗塞」とは異なります。 |
発症時の年齢 | 31歳(2012年12月当時) |
原因 | 脳動脈瘤の破裂によるものと公表されています。 |
主な症状・前兆 | 突然の激しい頭痛。 本人は「バットで殴られたような衝撃」「ぐにゃっと世界が歪む感じ」と表現しています。 |
1回目の経緯 | 2012年12月、レコーディング終了後に倒れ、緊急搬送。同日、緊急手術を受けました。 |
2回目の経緯 | 2013年6月、経過観察のための検査で手術箇所が万全な状態ではないと判明。 再発ではなく、予防のための計画的な再手術となりました。 |
入院・療養期間 | 1回目の手術後は約2ヶ月半で一度復帰。2回目の手術後は、翌2014年の初めに本格復帰しました。 |
後遺症 | 現在は後遺症もなく「完治した」と公表されています。 |
再発の可能性 | 2回目の予防的手術が成功し、現在は完治しているため、再発のリスクは低いと考えられます。 |
闘病と関連する曲 | 「地獄でなぜ悪い」(入院中に作詞) アルバム「Stranger」(復帰作)など、闘病経験がその後の創作活動に大きな影響を与えています。 |
治療を受けた病院 | 具体的な病院名は公表されていません。 |
星野源を襲ったくも膜下出血と脳梗塞との違い

- 何歳で発症?くも膜下出血の原因となぜ
- 突然の症状、くも膜下出血の前兆はあったか
- くも膜下出血1回目の手術と入院期間
- 過酷なリハビリと気になる後遺症の有無
何歳で発症?くも膜下出血の原因となぜ
星野源さんがくも膜下出血を発症したのは、2012年12月のことで、当時31歳でした。働き盛りであり、アーティストとしてまさにこれからという時期の出来事は、多くのファンに衝撃を与えました。
そもそも、くも膜下出血とは、脳を覆う3層の髄膜のうち「くも膜」と「軟膜」の間にある空間「くも膜下腔」で出血が起こる病気です。多くの場合、脳動脈瘤という血管のこぶが破裂することで発症します。
一方で、しばしば混同される脳梗塞は、脳の血管が詰まることで脳細胞が壊死する病気であり、出血を伴うくも膜下出血とは種類が異なります。
星野源さんの場合も、この脳動脈瘤の破裂が原因であると公表されています。なぜ若くして脳動脈瘤ができてしまったのか、そしてなぜ破裂に至ったのかという具体的な理由については、医学的に完全に解明することは難しく、本人の口から詳細が語られているわけではありません。
しかし、この病気は決して高齢者だけのものではなく、若い世代にも起こりうるという事実を広く知らせるきっかけになりました。
突然の症状、くも膜下出血の前兆はあったか
くも膜下出血の最も特徴的な症状は、これまで経験したことのないような、突然の激しい頭痛です。しばしば「ハンマーで殴られたような」「雷が落ちたような」と表現されるほどの痛みであり、意識を失うことも少なくありません。
星野源さん自身も、後に発表したエッセイの中で、発症した瞬間のことを「バットで後頭部を思いっきり殴られたような衝撃」「ぐにゃっと世界が歪む感じ」と生々しく語っています。この壮絶な表現からも、症状の凄まじさが伝わってきます。彼は2012年12月22日、レコーディングを終えた直後にこの症状に襲われ、すぐに病院へ緊急搬送されました。
一般的に、くも膜下出血には明確な前兆がない場合が多く、星野源さんのケースでも、発症直前まで普段通りに仕事をこなしていたと伝えられています。そのため、本人にとっても周囲にとっても、まさに青天の霹靂であったと考えられます。
くも膜下出血1回目の手術と入院期間
病院に緊急搬送された星野源さんは、検査の結果、くも膜下出血と診断され、その日のうちに緊急手術を受けました。一刻を争う状況でしたが、手術は無事に成功し、まずは命の危機を脱することになります。
手術後、彼はすべての活動を休止し、治療と療養に専念することになりました。この最初の入院期間および療養期間は、手術を行った2012年12月から、翌2013年2月末に活動を再開するまでの約2ヶ月半に及びます。
この期間、彼は絶対安静の状態を保ちながら、少しずつ回復への道を歩んでいきました。自身のラジオ番組も代役を立てて休演するなど、完全に表舞台から姿を消して治療に集中しました。ファンからは心配と応援の声が絶えませんでしたが、無事に復帰を果たした際には、多くの人々が安堵の胸をなでおろしました。
過酷なリハビリと気になる後遺症の有無
くも膜下出血は、手術が成功しても、その後に後遺症が残る可能性が少なくない病気です。麻痺や言語障害、高次脳機能障害など、その症状は多岐にわたります。しかし、幸いなことに、星野源さんには現在、重篤な後遺症は残っていないと公表されており、「完治」したと語っています。
ただ、後遺症がないからといって、回復までの道のりが平坦だったわけではありません。術後の回復期には、激しい頭痛や吐き気といった症状に悩まされ、精神的にも肉体的にも非常に過酷なリハビリの日々を送ったといいます。
特に、痛み止めが効かないほどの頭痛は壮絶で、眠れない夜を過ごすことも多かったようです。このような経験は、彼のその後の人生観や死生観に大きな影響を与えました。
後遺症なく社会復帰できたことは、彼にとってはもちろん、多くのファンにとっても大きな喜びであり、彼の強靭な精神力と医療チームの尽力の賜物と言えるでしょう。
脳梗塞ではなかった星野源のくも膜下出血、闘病から現在まで

- 2回目はいつ?再発ではなく予防のための手術
- 闘病生活から生まれた感動の曲とは
- まとめ:星野源のくも膜下出血、脳梗塞ではない病との闘い
2回目はいつ?再発ではなく予防のための手術
一度は復帰を果たした星野源さんでしたが、2013年6月、再び活動を休止するという発表があり、ファンを驚かせました。この時、「病気が再発したのではないか」と多くの人が心配しましたが、これは正確ではありません。
実際には、復帰後に行われた定期検査の結果、最初の手術を施した箇所が「万全な状態ではない」ことが判明したのです。将来的に再発するリスクを完全に取り除くため、計画的に二度目の手術を受けるという決断が下されました。したがって、2回目の手術はくも膜下出血が再発したからではなく、あくまで再発を予防するための治療でした。
この2回目の手術も無事に成功し、彼は再び療養期間に入ります。そして、翌2014年の初め、日本武道館での復帰ライブで見事に復活を遂げました。この一連の経緯をまとめたのが以下の表です。
項目 | 1回目の手術 | 2回目の手術 |
時期 | 2012年12月 | 2013年9月 |
種類 | 緊急手術 | 計画的な予防手術 |
理由 | くも膜下出血の発症 | 検査で判明した再発リスクの除去 |
結果 | 成功し、一時的に復帰 | 成功し、「完治」と診断される |
このように、2度の手術はそれぞれ意味合いが異なり、2回目の予防的手術があったからこそ、現在の後遺症なき活動が可能になったと考えられます。
闘病生活から生まれた感動の曲とは
星野源さんの闘病経験は、彼の創作活動、特に音楽に計り知れないほど大きな影響を与えています。死の淵をさまよったからこそ生まれた死生観や、生きていくことへの渇望は、彼の楽曲に深みと普遍的な輝きをもたらしました。
その象徴とも言えるのが、映画主題歌にもなった楽曲「地獄でなぜ悪い」です。驚くべきことに、この曲の歌詞は、1回目の手術後、入院中のベッドの上で書き上げられたものだと本人が明かしています。痛みと不安の中で紡がれた「ただ地獄を進む者が、悲しい記憶に勝つ」というフレーズは、彼自身の決意表明であり、同じように苦しむ人々への力強いエールとなりました。
また、復帰作となったアルバム「Stranger」に収録されている「化物」も、病床での経験からインスピレーションを得た楽曲です。この経験を経て、彼の音楽はより多くの人々の心に寄り添い、生きる希望を与えるものへと昇華されていきました。闘病という過酷な体験を、見事にクリエイティブなエネルギーへと転換させたのです。
また楽曲「地獄でなぜ悪い」は、第75回NHK紅白歌合戦において、当初は「いま苦しい時代を生きる方々を勇気づけてほしい」という、紅白制作チームからの熱意あるオファーを受けて選定されていましたが、残念ながら紅白歌合戦当日は別の曲に変更となった経緯がありました。
【紅白】星野源、楽曲変更に思い…公式サイトで選定理由を説明https://t.co/LURVyIoO2u
— ライブドアニュース (@livedoornews) December 26, 2024
「くも膜下出血の闘病期に『地獄でなぜ悪い』の作詞をしました。『いま苦しい時代を生きる方々を勇気づけてほしい』という、紅白制作チームからの熱意あるオファーを受けて選定された経緯がある」と説明した。 pic.twitter.com/PtC2EAcVcG
まとめ:星野源のくも膜下出血、脳梗塞ではない病との闘い

この記事で解説してきた、星野源さんのくも膜下出血との闘いに関する要点を以下にまとめます。
- 彼が患った病気は脳梗塞ではなくくも膜下出血
- 発症したのは31歳の時だった
- 原因は脳動脈瘤の破裂によるもの
- 症状は「バットで殴られたような」突然の激しい頭痛
- 発症前に明確な前兆はなかった
- 1回目の手術は2012年12月に行われた緊急手術
- 最初の療養期間は約2ヶ月半に及んだ
- 2回目の手術は病気の再発ではなかった
- 2回目の目的は将来的な再発を予防するため
- 計画的な2回目の手術は2013年9月に行われた
- 術後のリハビリは精神的にも肉体的にも過酷だった
- 現在は重篤な後遺症もなく完治している
- この闘病経験がその後の創作活動の大きな源泉となった
- 代表曲「地獄でなぜ悪い」は入院中のベッドで書かれた
- 彼の壮絶な闘病と復活は多くの人々に希望を与えた